東京地方裁判所 平成元年(ワ)13245号 判決 1991年7月16日
原告(反訴被告)
株式会社富士鉄工所
右代表者代表取締役
谷朗
右訴訟代理人弁護士
黒田英文
被告(反訴原告)
トランス・グローバル・ダイバーサファイド・コープ
右代表者代表取締役
ジェリー・フィーゲルマン
右訴訟代理人弁護士
長谷川俊明
同
松浦三朗
右訴訟復代理人弁護士
桜木秀樹
主文
一 原告(反訴被告)と被告(反訴原告)との間において、別紙契約目録記載の契約に基づく原告(反訴被告)の被告(反訴原告)に対する金銭債務が存在しないことを確認する。
二 被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は、本訴反訴を通じて被告(反訴原告)の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 本訴
1 請求の趣旨
(一) 主文第一項と同旨
(二) 訴訟費用は、被告(反訴原告、以下「被告」という。)の負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
(一) 原告(反訴被告、以下「原告」という。)の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。
二 反訴
1 請求の趣旨
(一) 原告は、被告に対し、金245万4337.6米ドル及びこれに対する平成元年一〇月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。
(三) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(一) 主文第二項と同旨
(二) 訴訟費用は、被告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 本訴
1 請求原因
(一) 原告と被告は、昭和六二年一月二三日、別紙契約目録記載の契約を締結した(以下「本件契約」という。)。
(二) 被告は、本件契約締結以後、平成元年二月に至るまでの約二年の間、昭和六二年八月四日、同年九月五日、同年一二月二八日、同六三年二月三日、同年六月一四日、同年七月一二日、同年八月二二日に月次活動報告書を提出しただけである。
(三) 原告は、平成元年二月八日、被告に対して、ファクシミリにより、同年四月一〇日の経過をもって本件契約を解除する旨意思表示した。
(四) また、仮に本件契約の解除の要件として、契約を継続し難い著しい不信行為が存することが必要であるとしても、被告には(二)記載の債務不履行に加えて、次のとおり、契約関係を継続し難い著しい不信行為があった。
(1) 昭和六〇年二月、原告がスタイガー社を訪問した際、原告は突然スタイガー社より、基本契約の対象となっている原告製品の一部について値引き要請を受けた。被告は、このような重大な情報を事前に原告に提供しなかった。
(2) 昭和六一年、スタイガー社は、北米農業の不況による北米農機具業界の不振から、経営状態が悪化したため、会社更生法の適用を受けた。しかし、被告は、原告に対して、スタイガー社の経営状態に関する情報はもとより、北米農機具業界の動向についても事前に情報を提供しなかった。このため、原告は、急にスタイガー社より注文のキャンセルを受け、多数の完成品及び仕掛品の在庫を抱えることになり、経営上の危機を迎えた。原告は、被告による情報提供に期待することができず、OCA社を含めた調査団を北米に派遣し、情報収集に奔走するなどの対応をとらざるを得なかった。
(3) 被告は、昭和六三年ころ、クラーク・マテリアル・システム・テクノロジイ・カンパニーのデヴィッド・キヤンプに対して、原告の許可を得ることなく、原告の名称を自己の名称として使用した。
(4) さらに原告は、昭和六一年にはスタイガー社社長アーブ・オールから、また同六三年六月には、原告が被告に開拓を依頼していた顧客先であるモトギア・カナダ社のスタン・フリードリッヒから、被告の顧客との対応等が極めて不適切であるとの苦情を受けた。
よって、原告は被告に対し、原告が本件契約に基づいてコミッションを被告に支払う義務が存在しないことの確認を求める。
2 請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)の事実は認める。
(二) 請求原因(二)の事実について、活動報告書が原告主張の月日に提出されたことは認める。
(三) 請求原因(三)の事実は認める。
(四) 請求原因(四)の事実について
(1)の事実は認める。しかし、スタイガー社が原告製品の一部につき値引きを要請したことは、被告自身知らなかったことであり、具体的な販売価格の交渉を売買当事者間にゆだねていた以上、被告がこのような情報を事前に入手して原告に提供することは不可能であった。また、(2)の事実は認めるが、スタイガー社が会社更生法の適用を受けたことも、被告代表者がスタイガー社の経理スタッフと近くなかったことから、被告は事前に予知できなかった。(3)及び(4)の事実は否認する。原告にとって最も重要な顧客であるスタイガー社及びその後継者であるケース社と原告との契約関係は良好であったことからも、被告代表者の対応により信頼関係が破壊したような事実はなかったものというべきである。
3 被告の主張
(一) 活動報告書提供債務の履行
(1) 本件契約締結の当初において、被告の提出する活動報告書の方式、内容は限定されておらず、また、英文の契約書には、「activity report」としか記載されていないから、書面による報告は要求されていなかった。
(2) 原告が昭和六二年六月被告に対して月次報告書の提出を要請し、これに対して被告が一定の内容の書面による報告書を同年八月以降毎月提出する旨約したことにより、初めて同年八月から書面による報告を提出する義務が被告に生じた。
(3) 原告は、昭和六三年九月一五日付書面により、被告に対して、ケース社に対するエージェントとしての活動(原告製品の販売に関して、ケース社との連絡、問題解決、情報収集などを行うこと。)の停止を通告したので、それ以降、活動報告書の提出義務は免除された。
(4) 被告は、本件契約締結後、口頭その他非公式の連絡を毎月少なくとも一回は行ってきた。また、請求原因(二)の活動報告書のほかに、昭和六二年一〇月五日付、昭和六三年一月五日付、同月一三日付、同年三月一五日付、同年四月二二日付、同年六月二七日付、同年九月一三日付、同年一一月九日付の報告書を原告に送った。
(5) 右報告書の中には、「報告事項なし」というもの等も含まれている。しかし、本件契約に基づく被告の活動報告書提出義務の内容としては、代理店としての活動報告及びビジネス面における情報の提供が含まれていたが、被告の代理店としての活動は、専らスタイガー社との取引関係に限定されていたため、活動報告事項がほとんどない月もあった。また、技術面の報告は、スタイガー社の技師であるモーテンソンから直接報告が行くことになっていたので、被告にはこのような事項を報告すべき義務はなかった。したがって、右の各書類は、本件契約で求められた活動報告書と認められる。
(6) 以上から、被告は活動報告義務を履行しているのであり、違反はない。
(二) 契約を継続し難い著しい不信行為の不存在
(1) 本件契約は、債務の内容であるコミッションが一定の期間を通じて給付される継続的契約である。そして、本件契約は、被告が自らのサービスによりスタイガー社と原告の間に基本契約を成立させ、その対価として原告製品の売上高に応じて一定割合のコミッションの支払を受ける点で、代理店契約に類似する。
このように、継続的な給付を内容とする契約は、当事者間の強い信頼関係に基礎を置くものであって、このような契約については、契約の存続を著しく困難ならしめるような不信行為がない限り、解除を認めるべきではない。
(2) しかし、本件には契約を継続し難い著しい不信行為はない。
(ア) 原告は、基本契約の成立前から、北米市場への進出を計画していたが、独自の販売網がなかったため、現地の事情に精通している被告に顧客の開拓を依頼することとし、昭和五八年四月一日、被告との間で、原告製品の北米における販売に関するコンサルタント業務を被告に依頼する契約を締結した。被告は、右コンサルタント契約に基づいて、多大な努力を投入して原告製品を売込んだ結果、原告製品をスタイガー社に売り込むことに成功し、基本契約が成立した。本件契約は、基本契約の締結が被告の努力に負うところが大きかったことから、原告が被告に対して、基本契約の存続期間中、一定のコミッションを支払う旨合意したものである。したがって、本件契約におけるコミッションは、被告の助力により基本契約が成立したことへの対価を、長期に分割して後払にしたものであり、被告による情報及びサービス提供の対価としての性格は、二次的、副次的なものにすぎない。
(イ) したがって、付随的な債務である情報提供義務の不履行は、原告と被告の間の契約の継続を著しく困難にするような不信行為と認められず、解除は無効である。
(三) 解除権の濫用
原告は、昭和六三年四月以降、本件契約に違反して一方的に減縮したレートによるコミッションしか支払わないにもかかわらず、基本契約が成立したため用済みになった被告との関係を断つ意図の下に、付随的な債務である活動報告書提供義務の不履行に藉口して本件契約の解除を行うものであるから、原告による本件契約の解除は、解除権の濫用であり、解除の効果は認められない。
(四) 解除の一部無効
仮に、解除権不発生又は解除権の濫用の主張が認められないとしても、本件契約におけるコミッションは、情報提供及び活動報告書提出義務の対価部分と、過去における基本契約締結の対価部分に分かれるから、被告の債務不履行による解除が認められるのは、情報提供及び活動報告書提出義務に関する対価の支払義務にすぎず、原告は基本契約締結の対価としてのコミッション支払義務を有しているというべきである。
二 反訴
1 請求原因
(一) 本件契約の存在
本訴請求原因(一)と同じ
(二) 原告は、被告に対し、平成元年四月以降、本件契約において定められた割合によるコミッションを支払わない。
(三) このため、被告は、次のとおり、得べかりしコミッション相当の損害を被った。
(1) 平成元年四月一日から同二年三月三一日までのコミッション
(ア) トランスミッション分として、
① スタイガー社による発注予定ユニット数 二三八〇
② 一ユニット当たりの価格 八〇〇〇米ドル
③ 本件契約打ち切り前のコミッション率 0.0187
①×②×③=三五万六〇四八米ドル
(イ) PTO、クラッチ及びアセンブリー分として、
① スタイガー社による発注予定ユニット数 八〇〇
② 一ユニット当たりの価格 一四四〇米ドル
③ 本件契約打ち切り前のコミッション率 0.0187
①×②×③=2万1542.4米ドル
(2) 平成二年四月一日から同七年九月三〇日までのコミッション
発注ユニット数及び一ユニット当たりの価格、コミッション率が(1)における期間と同様であるとして、
年間のコミッションの額(37万7590.4米ドル)×5.5年=207万7747.2米ドル
合計 245万4337.6米ドル
よって、被告は原告に対し、債務不履行による損害賠償として、金245万4337.6米ドル及びこれに対する平成元年一〇月一〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)及び(二)の事実は認める。
(二) 請求原因(三)の事実は否認する。
3 抗弁
本訴請求原因(二)から(四)までに記載のとおりである。
4 抗弁に対する認否及び被告の主張
本訴請求原因に対する認否(二)から(四)まで及び本訴被告の主張記載のとおりである。
第三 証拠<省略>
理由
一本訴請求原因(一)、同(二)につき活動報告書が原告主張の月日に提出されたこと、及び同(三)の事実については、当事者間に争いがない。
二そこで、被告が月次活動報告書提供義務の履行を完全にしたかどうか(被告の主張(一))について判断する。
1 まず、本件契約上の月次活動報告書提供義務の形式及び時期について判断する。
(一) 被告は、本件契約において、書面による報告は要求されておらず、書面による報告義務が生じたのは、昭和六二年六月以降であると主張する(被告の主張(一)(1)、(2))。
しかしながら、<証拠>によれば、本件契約は、それ以前に被告と原告の間で締結されていたコンサルタント基本契約が継続発展して成立したものであるところ、従来のコンサルタント基本契約においても毎月一回書面で活動を報告する義務が被告に課されており、被告もこれに従って本件契約締結以前から報告書を提出しており、被告代表者は本件契約の下でも報告書提出義務の内容は変わっていないと認識していたことが認められる。また、<証拠>によれば、原告は昭和六二年六月、被告に対して、あくまで「activity report」を引き続き提出することを要請した上で、記載事項について指示したにすぎないのに、被告は、原告の右要請に感謝して、原告の様式に従った月次報告書を提出することを約束したことが認められる。したがって、原告と被告は、本件契約において、被告が毎月書面により原告に活動報告を行う旨合意していたものと認められ、被告には本件契約締結当初から、活動報告書提供義務が存していたものと解される。
(二) また、被告は、昭和六三年九月一五日以降、活動報告書の提出義務を免除されたと主張する(被告の主張(一)(3))。
しかしながら、<証拠>によれば、本件契約は、被告の活動範囲として、原告からスタイガー社(後のケース社)に対する原告製品の販売に関する連絡や問題解決の手助けにとどまらず、原告製品の販売に必要な情報及びサービスの提供をも規定していることが認められる。そして、被告としては、本件契約が解除されていない以上、ケース社への直接のエージェント活動が禁じられたとしても、依然情報及びサービスを提供すべき義務を原告に対して負っているのであり、また実際にも、北米農業や農機市場の推移、競争会社の動向など、原告製品の需要に影響する事項に関する情報の収集は可能であって、原告がこれらの事項についても被告に活動報告書による情報の提供を期待していたことは、<証拠>からも認められるところである。
したがって、被告は、昭和六三年九月以降についても、少なくともこのような情報収集及びサービス提供に関する活動についての報告書を提供すべき義務を負っていたと解される。
2 そこで、本件契約の成立した昭和六二年一月から、原告が解除の意思表示をした平成元年二月までの間における被告の活動報告書提出義務の履行状況について判断する。
(一) <証拠>によれば、被告は原告に対して、昭和六二年一〇月五日付、同六三年一月五日付、同月一三日付、同年三月一五日付、同年四月二二日付、同年六月二七日付、同年九月一三日付、同年一一月九日付の各書類を送った事実が認められる。
(二) 右各書類が本件契約に基づく活動報告書と認められるかどうかを検討するが、その前提として、活動報告書においてどの程度の内容を盛り込むべきであったかについて検討する。
<証拠>によれば、本件契約においては、活動報告書の内容について特段の限定はないけれども、原告の被告に対する多額のコミッションの支払は、被告が原告とスタイガー社の基本契約締結に助力したことのみならず、今後の原告製品販売に関する情報及びサービス提供の対価として規定されており、さらに情報及びサービスの提供と併記して、被告に月次活動報告書の提供義務が課されていること、そして、被告がコミッション支払の対価としてこのような義務を負担しているのは、基本契約に基づいて原告製品を継続的に販売するについて、スタイガー社(後のケース社)の動向、製品の販売状況、苦情や問題発生の有無、需要の動向などの情報が重要であり、被告が定期的かつ速やかにこのような情報を提供し、原告製品を販売する上での問題に対処していくことが、原告製品の安定的な販売に不可欠であることが認められる。
右の点から考えると、被告の活動報告書の内容としては、被告が過去一か月間に原告製品のケース社に対する販売に関して行った連絡、折衝、問題解決の援助や、原告製品の販売に関して収集した情報、サービスの提供などに及ぶべきであり、これらの事項に無関係な原告との事務連絡や、活動事項なしとする書面は、実質的にみて、活動報告書提出義務の履行とは認められないというべきである。
(三) 以上を前提として、前記各書類が活動報告書と認められるかどうかを個別的に判断する。
(1) 昭和六二年一〇月五日付書面(乙二号証の一)は、その内容から、活動報告書に当たることが認められる。
(2) 昭和六三年一月一三日付書面(乙五号証)は、「活動報告書」という題名ではなく、連絡文の体裁をとっているものの、被告代表者がロジャー・シルキーと会談した際の内容及び今後の原告製品の価格交渉の推移に関する事情について述べたものであり、実質的には活動報告書と認めることができる。
(3) 他方、同年四月二二日付書面(乙六号証)は、被告が原告に対してコミッション減額交渉に関して意見を述べた書面であり、原告製品の販売に関する情報やサービス、エージェント活動を報告する書面とは認められないから、これを活動報告書と認めることはできない。
(4) また、昭和六三年一月一三日付(乙九号証)、同年四月二二日付(乙一〇号証)、同年一一月九日付(乙八号証)の各書面は、いずれも単純な事務連絡やコミッションの交渉に関する書面にすぎないことは明らかであり、到底活動報告書とは認められない。
(5) 昭和六三年三月一五日付書面(甲一七号証の八の二、乙一一号証の一)は、被告が同年一月六日に原告に対して航空便で発送した活動報告書が原告に届かず、原告が催促したことにより送付されたものであるが(乙一一号証の一)、甲一七号証の八の書面は判読不可能であり、判読可能な書面は原告の要請にもかかわらず送付されていないし(証人市川嘉也の証言)、乙一一号証の一の書面はそれ自体活動の報告ではないので、活動報告書とは認められない。
(6) 被告代表者尋問の結果及び証人市川嘉也の証言によれば、同年一月五日付書面(乙一一号証の二)が同号証の一の書面と共に同年三月になって原告に送られてきたことが認められる。この書面は、内容的には同六二年九月七日から翌年一月六日までの期間の活動報告であるが、活動報告書提供義務の趣旨が、被告の活動の迅速かつ定期的な報告にあるという前記の見地からすれば、活動報告書は前月の活動について毎月これを提出すべきであり、時期的に遅れた活動報告書の提出は、報告書提供義務の履行と認められないから、被告がこの書面を昭和六三年一月六日に航空便で発送した事実が認められたとしても、同月における活動報告書提供義務の履行が認められるにすぎず、それ以前の月の活動報告書提供義務の履行を認めることはできない。
(7) さらに、被告の昭和六三年六月二七日付(甲一七号証の一〇)及び同年九月一三日付活動報告書(甲一七号証の一二)は、いずれも報告事項なしとされており、実質的にみて、活動報告書の提供があったものと認めることはできない。
3 以上によれば、被告は昭和六二年一月から平成元年二月までの期間のうち、本訴請求原因(二)の報告書並びに昭和六二年一〇月五日付及び同六三年一月一三日付書面により報告をしたことが認められるだけであり、活動報告書提供義務を履行したものとは認めることが出来ない。
三次に、契約の存続を著しく困難ならしめるような不信行為が、本件契約解除の要件かどうか(被告の主張(二))について判断する。
代理店契約などの継続的な契約関係において、契約の解除に当たり、単なる債務不履行にとどまらず、契約の存続を著しく困難にするような重大な債務不履行が必要であると考えられるのは、代理店となる商人が、本人たる商人から委託を受け、本人を代理又は媒介して、本人の商品やサービスの提供など、本人の取引に必要なほとんど一切の行為を本人に代わって行うものであり、このような商人が本人との継続的な取引関係を信頼して多大な資本や労力を投下することから、その信頼を保護して、軽微な債務不履行による解除によって、代理店などが投下資本を回収する機会を奪われないよう、契約解除の要件を加重すべきであるという考えに基づくものである。
ところで、<証拠>によれば、本件契約において、被告は当初、OCA社と共に、原告の北米市場における販売先を開拓して、現地との連絡や、原告とスタイガー社のスケジュールの調整等を行うことにより、原告製品の販売契約成立に助力すべきコンサルタントの地位にとどまっていたこと、基本契約の締結についても、被告がスタイガー社を紹介した後は、原告が直接又は被告やOCA社を介して、スタイガー社との折衝に当たり、基本契約締結を実現させた面が大きいこと、基本契約締結後も、被告は、スタイガー社(後のケース社)に対する原告製品の供給について、営業の側面から必要な連絡や問題解決への協力、情報やサービスの提供をすべき地位にあったにとどまること、また、実質的にも、被告は本件契約の締結に際し、相当の時間と労力を費やしているものの(乙六号証)、原告製品の継続的販売を自己の事業として多額の資本を投下したとの具体的な事実は認められず、反面、基本契約の締結に関して、原告は契約締結以前に、被告の顧客開拓活動に必要な資金として必要な一九万ドルをコミッションの前払として支払っており<証拠>、先行投資の一部は原告により拠出され、被告には回収の必要がないことが認められる。
以上の事実関係によれば、被告は、原告を代理又は媒介して原告製品の販売や原告製品の販売契約の締結を行っていたものではなく、専ら現地企業との連絡や交渉の調整、必要な情報の提供など、契約の成立や維持に助力していたにとどまり、本人たる原告の業務の一切を原告に代わって行うといった、代理店と同等の業務を行っていたものではなかったと言うべきであるから、契約解除に際し、代理店の場合と同様の特段の配慮が必要であると解することはできないといわざるを得ない。
そうすると、この点に関するその余の主張について判断するまでもなく、原告は、被告に本件契約についての債務不履行が認められた場合には、本件契約の解除条項に規定された手続に従って、本件契約を解除することができると解される。
四原告の解除が解除権の濫用に当たるかどうか(被告の主張(三))について判断する。
情報提供及び活動報告書の提出義務が、原告の基本契約の維持に重要であり、原告の被告に対するコミッションの支払がこのような業務の対価という側面を持つことは前述のとおりである。また、甲一八号証の二及び三によれば、原告は、円高によりコミッション率の引下げを被告に提案した昭和六三年四月以前から、被告に内容を定めて活動報告書の提出を督促し続けていること、にもかかわらず、被告は活動報告書の提出を怠ったことが認められる。
したがって、原告による本件契約の解除が解除権の濫用に当たるとの被告の主張は採用できない。
五さらに、被告は、被告の債務不履行による解除が認められたとしても、原告の支払うべきコミッションのうち、基本契約締結の対価に相当する分と、情報やサービスの提供の対価に相当する分とは区別できるとして、コミッション支払義務の一部は存続していると主張するが、前記に認定判示した本件契約の内容や、本件契約を締結するに至った経緯に照らせば、コミッション支払義務をこのように分かつべき合理性があるとはいえず、結局、被告の主張は独自の見解であって、採用することはできない。
六以上によれば、本件契約は原告の意思表示により解除されたものと認められるから、原告の本訴請求は、理由があるのでこれを認容し、本件契約の解除が無効であることを前提とした被告の反訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官秋山壽延 裁判官中西茂 裁判官森英明)
別紙契約目録
一 契約締結日 昭和六二年一月二三日
二 当事者 原告及び被告
立会人 株式会社オーバーシーズ・コンサルタント・アソシエイツ(以下「OCA社」という。)
三 契約の前提
原告、被告及びOCA社の努力により、原告とスタイガー・トラクター株式会社(以下「スタイガー社」という。)との間で、昭和五九年一月一八日、左記の原告製造にかかる農機用トランスミッション及びPTO(以下「原告製品」という。)の販売契約(以下「基本契約」という。)が成立したこと、また、基本契約の存続期間中、被告が原告に対して、原告製品のスタイガー社及びその後継者への販売に関して必要な情報及びサービスを提供することになったことを、本契約の前提とする。
記
グループA(原告製品のうち、C―一〇〇〇及び二〇〇〇又はその相当品用のEW―一六トランスミッション並びにPTO)
グループB(原告製品のうち、S―一八〇又はその相当品用のEW―一六トランスミッション及びEX―二〇トランスミッション並びにPTO)
四 後継者
昭和六一年一二月、ジェイ・アイ・ケース・インターナショナル・ハーベスタ社(以下「ケース社」という。)がスタイガー社を承継した。
五 原告の債務
原告は、被告に対し、被告の努力もあって基本契約が成立したことの対価並びに今後の情報及びサービス提供の対価として、平成七年を有効期限とする基本契約の存続期間中、原告製品のスタイガー社及びその後継者への販売に対し、左記のコミッションを支払う。
1 昭和六二年三月三一日まで
グループAについて、CIF基本価格の2.868パーセント
グループBについて、CIF基本価格の1.912パーセント
2 昭和六二年四月一日から同六三年三月三一日まで
グループAについて、インボイス価格の1.8パーセント
グループBについて、インボイス価格の1.5パーセント
3 昭和六三年四月一日以降
その時点での状況に基づき協議して定める。
六 被告の債務
被告は、原告の指示に従って行動し、被告は原告に対し、原告からスタイガー社又はその後継者(現在は、ケース社が承継している。)に対する原告製品の販売に関する連絡の手助け、原告とスタイガー社又はその後継者との間に発生するかも知れない問題解決の手助け並びに必要な情報及びサービスを提供し、また、少なくとも月に一回は原告に活動の報告書を提供する。
七 契約解除
原告又は被告が前記五又は六の債務の履行を怠り、一方当事者がこの書面による通知を受託した日から六〇日以内に履行をしない場合、他方当事者は、この契約の全部又は一部を解除することができる。
八 準拠法
この契約は、日本文及び英文の双方を正文とし、日本法に準拠して解釈適用されるものとする。